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久米さんと鬼沢さんと自由の森学園とエネルギーと

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薪ストーブ

自然の恵みがくれる火はきれいですねー



先週の土曜はラジオを聴いていました。
鬼沢さん(現理事長)がラジオに出るというからです。
それも久米宏さんの『ラジオなんですけど』という番組、好きな番組なので張り切って聴きました。
聴きなれた鬼さんの声がラジオ(正しくはスマホ)から聞こえてくるなんて、いやーとっても不思議な気持ちでした。なぜか緊張したりして(笑)
テーマはTBSの「クリーンパワーキャンペーン」とのつながりで「再生可能エネルギー」について。震災以降、自由の森学園がすすめてきたことを久米さんが訊くという内容でした。
再生可能エネルギーへの移行は当然のこととして、久米さんが鬼沢さんから聞き出そうとしたのは、「なんで私立の学校が再生可能エネルギー?」「生徒たちはどうおもってるの?」「いったいどんな学校なの?」ってことだったような気がしました。
事前に取材に行ったスタッフからの話や資料を元に、久米さんはあれこれ鬼さんに質問していて。
その質問のひとつに鬼さんが答えた言葉のなかで、わたしが特に印象に残ったのが「やっちまったな」という言葉でした。
震災で原発が爆発し、放射能の危険がダイレクトに学園や子どもたちに迫ったとき、それは大人たちが選択し引き起こしてしまった原発事故だという認識を鬼沢さんが持った、という点に、久米さんもていねいに言葉を重ねて確認していました。
「学校をこのままやってていいのかな、食材を食べさせていいのか」といろんなことを悩んだという鬼さん。
そして「意識が低すぎた」と原子力発電そのものにも言葉を添え、「あの事故は東電が起こした事故だとしても、大人の立場として言い方は悪いけれど、「やっちまったなあ」という感覚が強くあって、あの事故の後に自分たちが今までとおなじように過ごすわけにはいかないという感覚があった」と。
それを聞いて、
「学校の先生だからですかねぇ、あの福島の事故が大人の責任だったという受け止め方をする大人はあまりいないような気がします。やっぱり子どもたちといつも会ってるからでしょうか。われわれ大人が引き起こした事故なんだっていう受け止め方はなかなかしないです、普通の大人は。」
と久米さん。
その後に鬼さんが言った、
「大人はあのときちゃんと考えて選んだの?というふうに問われている意識がある、誰かのせいにして俺らは知らないよという言い方は出来ないなとおもいました。」
という言葉はやっぱり教師の言葉だなあと。教師はいつもどんなときも子どもたちに突きつけられているのだとおもうのです。あなたはどうおもうの、どう考えてるの、どう行動するの、と。そこには今と未来だけを濃密に生きている子どもたちならではの真っ直ぐさと鋭さがあって。その真っ直ぐさと鋭さをごまかすことなく、かわすことなく、ましてや押さえつけるわけでもなく、支配するわけでもなく、突きつけられたことを考え行動する、それが自由の森の教員である鬼沢さんなのだなあとおもいました。
鬼沢さん出演のラジオの文字起こしをしたのですが、著作権の関係もあるので、ここには全文を載せません。そのうちに自由の森方面からテキストになって出されるのではないかとおもいますので、久米さんという魅力溢れるキャスターとのやりとりで、自由の森学園と鬼沢さんの面白さが引き出された30分、機会があれば読んでいただけたらと思います。
それにしても久米さんが、「生徒たちはどうですか?」と聞くたびに、鬼さんが「どうでしょうねぇ」と答える、このやり取りが良かったです。「生徒たちはこうです」なんて言えないよ、っていういう学校に巡り会えて良かったなあと思ったのでした。
山田未来穂
付記
TBSラジオ『久米宏ラジオなんですけど』の番組サイトに丁寧な記事があります。音声リンクあり。

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思い通りにならない子どもを思い通りにしない

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年に一度のお祭り
森のフェスティバル
勝手に略して森祭りに行ってきました

このきれいなドアはなに?
これ教室のドアです

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これはロッカー

きれいやん
いい匂い

地場産の杉で
教室が少しずつリフォームされてる
といううわさを聞いてましたが
ほんときれいでした〜

いい考えですねー

学校っていうのは
地域のものだったんですよね
本来は

うちの田舎なんて
運動会は小学校も老人会も婦人会も
みんな一緒にやってましたもん

その学校に新しい先生が来れば
地域みんなでお祝いして歓迎して
酒飲んで喧嘩して仲直りして(笑)

まあちいさな地域だった
というのもありますが
本来学校っていうのは
地域で生まれて育った子たちを真ん中に
お母ちゃんお父ちゃん
じいちゃんばあちゃん
そして先生たちが
いっしょになって子どもを育てるとこだった
と、わたしはおもってます

自由の森は
もちろん公立校でもないし
遠くから通ってる子もいて
寮に入ってる子もいて
だけど

やっぱりそこに集まってくる子たちは
学校のある場所、地域の
だいじな子ども

なんじゃないかと思うわけです

だからこんなふうに
地元で育った木が学校になったり
それをデザインしてくれる人や
切ったり削ったり整えたりして
形にしてくれる人がいて

そのすべての思いに守られて
子どもたちが育ってく

いいなあとおもいました
はやく全部の教室が
こんな風になるといいですねー

今はインターネットの普及で
地域の広さはどんどん広がっていってるから
これからがとてもたのしみ

考えてくださった鬼さんはじめ
教職員の皆さん
ありがとうございます


森祭りは台風の影響で
予定を変更したりして
スタッフのみなさんは本当に大変だったとおもいます
ほんとお世話になりました

わたしは「森の手」という集まりで
お店を出させてもらったひとりですが

なつかしいひとたちにたくさん会って

久しぶり〜〜!

と声かけあって

ああここで
子どもたちを育ててもらったんだなあ
とおもうと同時に

ああここで
わたし自身が育ててもらったんだなあと
強く強くおもいました


子どものこと
うまくいかないことだらけで
不登校、いじめ、子育ての悩み


思うようにならない子どもを
思うようにしない


ということが
ここ自由の森で
教職員のみなさんや
ほかの保護者のみなさんに
教わったことだったなあとおもいます


子どもをおもうようにする
ということは
つまり子どもを支配することだし

支配できてしまったら
それは本当に大変なことでした

我が家の子どもたち
ふたりとも自由の森でお世話になりましたが

まあ卒業しても
なんやかんやありました
いや、あります
現在進行形


なんでそうなるのー!
なんでそうするのー!



の連続です


上の子27歳 会社員
下の子22歳 シンガー&フリーター


でも
親が思い通りにできなくて
良かった

思い通りになんかならないよ
ならなくていいよ
ならないほうがいいよ


あの頃のわたしに
たくさんそう言ってくれたひとたちに
ありがとうを言いたいです



自由の森に行くと
子どものことより
子どもを見ている自分自身と向き合わされる

子どもは
わたし自身を写す鏡であると同時に
わたし一人では知り得なかった窓を開けながら
一歩先を歩いてくれてるんだなあと

ゆったりした気持ちになった1日でした


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森の手をよろしく

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久々の四里まんじゅう




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自由の森学園という実験を成功させたい

ご無沙汰しています。



ここに書くのは
なんと3年ぶりくらいです
ああ
ブログって
削除しない限り
こうして残ってるんですね
ちょっと恥ずかしい気もします
昨日、とある方の呼びかけで
自由の森でお知り合いになった方の
送別会に行ってきました
送別会なのですが
当然自由の森の話になります
子どものことより
自由の森のことで盛り上がる
というのは
ほんとに珍しいんじゃないかなと
楽しんで聞いたり喋ったりしてました
それくらい自由の森が
実験的なことをやっていて
その実験を成功させたいと願っている人が
たくさんいるということなのではないかと
帰り道思いました
その実験ももう30年を超え
春にはまた新しい物語を始めるべく
初めましての子どもたちがやって来ます
わたしの子どもも
そしてわたしもそうでした
ここでひとつ疑問が湧いて来ます
じゃあ今は?
という疑問です
娘も息子も
自由の森を卒業して
それぞれ3年、7年経ちました
わたしは
元保護者?
過去保護者?
卒業生保護者?
になってから
3年経ちました
もうどこでどなたに言っていただいたのか
忘れてしまったのですが
自由の森に卒業はない
あるのは入学という出会いだけだ
という言葉があって
つまりは
自由の森の門を入って
入ったまんま
まだ出ていない
つながっていく
まさに
これ
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学校をつくりつづける
だなあと。
むかし子どもを通わせていた親として
自由の森のこの教育実験とも言える営みを
やっぱり一緒に見守っていきたい
実験を成功させたい
そんな思いが
昨日なんだか頭のなかに
芽生えてしまったようです
学校は
今通っている子どもたちと
教職員のもの
わたしはずっとそう思ってきました
その主体が学校をつくりつづけ
学校は変わり続けるのだと思っています
だからこそ
この3年
子どもを通わせていた親として
どんな距離感で関わるのが
今学校を作っている子どもたちと教員の
追い風になるのかを考えてきたわけで
なかなかしっくりいく答えが
出なかったわけですが
きのうたくさん自由の森に触れて
なにかできることあるかもなあと
おもいました
とりあえず
ブログ再開のお知らせと
昨日のことを書きました
なにが出来るか
ここになにを書くか
そのあたりはまた。
長々お読みいただき
ありがとうございました
子どもが卒業して
一市民応援団になった
山田未来穂でした

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わくわくキャンプ

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今年も自由の森の小学生キャンプ、
「わくわくキャンプ」に行ってきました。

キャンプは今年で五年目。
お手伝いのボランティアさんたちもすっかりベテランで
わたしはいつも凄いなあと見とれています。

自由の森を肌で感じてもらいたい!という思いで始まったキャンプですが、
今年も30名の定員があっという間に埋まってしまったそうです。
すごい。

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これは本部。
何しろたった二日間なので、お互いに早く知り合って楽しい時間が過ごせるように、
そして迷子になったりしないように、と
撮ったばかりの子どもたちの写真を班ごとに貼ってあります。

写真を見ながら、この子どこにいるか知らない?とか
この子おもしろいのよー、さっきねえ...とか。
スタッフ同士の情報交換ができるので役立ちます。

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熱中症にならないように、水の確保も万全。
巨大クーラーボックスにたっぷりの水と氷がスタンバイです。

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グランドにみんなで張ったテント。
夜になるのを待っています。

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今年のキャンプのテーマは『縄文人になろう』。
これは子どもたちが社会科の教員のみなさんと作った「矢じり」。
さて、これで何をするかというと、

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まずは弓矢をつくって、

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そして練習。
そして
そして

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鹿狩り

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獲れた鹿はこのナイフでさばいて

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焼いて食べました。
よく焼かなきゃだめよーと叫ぶお母さんボランティアさんたち。

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もう大騒ぎ

注*鹿肉は北海道の、信頼できる精肉店から送ってもらったお肉です。

一日の活動が終わって、寮体験(シャワー)をし、
そのあと食堂で晩ご飯(栄養満点ハンバーグ定食)、
そしてそしてお待ちかね

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肝試し!
みんなで説明を聴いています。

だいぶ怖がってたのに、
体育館に帰ってくると一気に余裕の顔になり、
ぜーんぜん大したことなかったよ、という男の子たちに大笑いでした。

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肝試しも終わり、なかのさんから寝る前のお話。
なかのさんの身ぶり手ぶりの自由の森話に、みんな大笑い。

なかのさんは、子どもと話すのがほんとうに上手です。
翌日子どもたちは、なかのさんのことを「イエ〜イの先生」と呼んでました。
この子たちが入学したら、「なかのさん」って呼ぶようになるんだなあと
そんなこと想像するのもたのしいです。

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早朝のカブトムシ取りのあとの朝ご飯。
みんな良く食べてたねえ。

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今年は大人気のパン定食でした。
すべて食堂で焼いている、余計なものが一切入っていないすごいパンです。

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班ごとに中学教頭のひろっちゃんが分けてくれた食券がこちら

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水がなくならないように

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二日目は水鉄砲づくり

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暑さも気にせず熱中してる子
賢く木陰をさがして作る子たち

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大人も子どもも真剣です

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お待ちかね水遊び

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汚してしまったけど
どうしてもこの洋服着て帰りたいの
お気に入りだから

という女の子のために
ボランティアのお母さんが洗って干してくれました。
すぐ乾いてよかったね。

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延々と水遊びをしたあとに、
流し素麺をしてスイカ割りして
今年のキャンプが終わりました。



いつもキャンプが終わるとおもうのは、
参加してくる子どもたちのことを自分の子どものように見つめたり、
気を配ったり、心配したりそして怒ったり、
そういう自由の森のお母さんお父さんボランティアさんの存在です。

子どもたちは暑くてもヘッチャラで走り回っていますが、
大人にとっての真夏のキャンプはかなりハード。
それでもめいっぱい自由の森を楽しんで、感じて欲しいという思いがあって
みなさん毎年準備を重ねて、手伝っています。

今年は社会科の教員のみなさんが、
『縄文人になろう』という魅力的なテーマを用意して下さり、
子どもたちは二日間、夢中になって色んなことにチャレンジしていました。

わたしの尊敬する林竹二さんが

真の学びの前では学力の高低など吹き飛んでしまうんだよ
そこに深い学びが生まれるんだよ

というようなことをおっしゃっておられて
今回、この『縄文人になろう』という一連の活動に参加する子どもたちの表情に
そのことを改めて感じました。
学びと遊びの間に境界線なんてないんだなあということも。

参加者の小学生、そしてボランティアの在校生、卒業生。
ほんとうに色んな子たちがいて、たのしかったです。

無理して笑顔を作ってる子
自信がなくて周りを攻撃することで自分を守っている子
みんなの勢いについていけなくて1人座ってる子
まわりのことなんか全く気にせず
興味のある方向へどんどん突き進む子
みんなみんな素敵でした。

ありがとう!






自由の森の30周年に行ってきました

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自由の森の30周年に行ってきました。
写真は、お手伝いをさせてもらった雑貨屋「森の手」の
ワークショップでつくったフェルトのお人形。
のめり込んで三つも作ってしまいました。

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こちらは、「気になる会」の放射能測定体験。
地図に貼られているのは、いろんな人の測ってくれた数値です。
大人の字あり、子どもの字あり、自森生の字もあります。

この日の様子はブログ「気になる会」を見ていただくことにして。
http://huukaen.blog.so-net.ne.jp/

「森の手」も「気になる会」も
気がつけば在校生の保護者と卒業生の保護者がいっしょになってやっていて
ふつうの学校なら、横だけでつながる親たちが
縦にも斜めにもつながって、色んなことをやっている、
それが自由の森なんですね。
保護者だけでなく、子どもたちも。
得難い場所だとおもいます。

今日あるところで、
本来「自由」と「民主」は対立するものなんだよ、という話を聞きました。

自由というのは境目がない(ボーダレス)ということ、
一方民主とは個々の違いがある(ボーダー)ということ、だと。
政治の話の解説だったのですが、
おもしろいなとおもいました。

我が子が自由の森を卒業して半年。
自由の森って、どんなところだったんだろう?
そんなことをよく考えます。

自由であるということ、そして民主的であるということ。
この二つをうまいぐあいに機能させていくのはたいへんなことです。
たくさんの「思い」を持った人たちが
自由に、そして民主的になにかをやっていくことのたいへんさを思いながら
たくさんの人たちのエネルギーを感じた一日でした。






自由の森が出来て三十年

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10月11日は自由の森の誕生日だそうです。
と言っても、学校がはじまったのは4月1日のはずなので、
この日は、自由の森を創ろうとした人たちにとって
きっとだいじな、おおきな記念の日なんでしょうね。

自由の森を創った人たちが、どんな気持ちで30年前のこの日を過ごしていたのか。
それを想像するだけでわくわくします。
なぜならそれは、今ある学校というものに無い物を生み出そうとする動きだったわけなので。
無いものを創りだすって、すごくわくわくするなあと、すごいなあと思います。

そしてこの日、自由の森ではお祭りをやるそうです。
春からはじまった実行委員会には、卒業生、在校生、教員、そして保護者。
いろんなところから、立場から自由の森に関わっている人たちが参加していました。
このごちゃごちゃ感が自由の森なんだなあと、改めて思いました。

自由の森っていうのは、入り口も開けっ放しで。
え、だいじょうぶ?ってぐらいの風通しの良さというか吹きっさらしというか。
そこで10月11日に、30周年記念イベントをするというのだから
どんな風になるのかは、行ってみないとわかりません。

わたしは根っからのイベント嫌いで、25周年に行きませんでした。
今回は、「気になる会」と「森の手」で参加します。
「気になる会」では、在校生のみなさんに放射線量の測定器を貸し出します。
「森の手」では、財政支援のために手作り品(写真)を売ります。

自由の森という広くて開けっ放し、吹きっさらしの庭は、
今ここで学びをつくっている生徒たちと教員の皆さんのものだとおもうので、
わたしはなるべく、こっそりひっそりやるつもりです。
ということで、自由の森のみなさん、一日お邪魔致します。



保護者はつづくよどこまでも

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つづいております、保護者。
卒業して半年、同じクラスにスリランカ出身のお母さんがいて
そのかたにスリランカカレーを習おうと卒業式の日に話がきまって
つくってきました、スリランカカレー。

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子どもたちは自由の森を卒業しても、
保護者のつながりはつづいています。
今回はクラスだったけれど、多種多彩な自由の森の保護者。
いつも知らない世界に触れさせてもらっています。

卒業したのにいつまでもしがみついてちゃだめかなあと言ったら
自由の森の保護者ではない友人がこう言ってくれました。

学校っていう場所をきっかけにして
いろんな人が出会ったりつながったりしていく、すてきじゃない!

子どもを持ったことで開いた窓がたくさんあって
自由の森との出会いもそのひとつ。
だいじにしたいとおもいます。




わくわくキャンプ「子どもだったころを思い出せ」

2014わくわくキャンプは8月7日、8日の二日間。
集まった小学生は29人。

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何年も前に保護者の有志のみなさんが立ち上げた小学生キャンプが
学校主催になってから二年目のキャンプに今年も参加してきました。
写真はカブトムシの餌作り、刻んだバナナに焼酎を混ぜているのはひろっちゃんです。
ひろっちゃん=内沼さん=中学校の教頭さん。
ひろっちゃんの笑顔を見ると、なんでも手伝いたくなっちゃうのは私だけ?

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班ごとにえさづくり。
この班は小学生3人、ボランティアのお姉さんお兄さんおじさんおばさん。
よーく発酵するようにまぜてまぜて、みんな真剣です。

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えさづくりの後はテント張り。
おねえさんおにいさんの力を借りて、子どもたちがテントを立てていきます。
長い棒をつなげたり、杭を打ち込んだり。
今夜の寝床を協力しながら自分たちでつくる。
キャンプのだいじな共同作業です。
はじめて会った小学生たちも、そしてボランティアさんたちも
いっしょに何かを作ることで、お互いを知っていく時間。

ふざける子、一所懸命な子。
お互いの様子を見ながら盛り上がったり腹を立てたり。
文句を言いたいのを我慢して、それとなく張り合ってみたり。
何かを作りながら関係を作っていく、
そこにキャンプの意味があるんですね。

制約と規制の多い社会にあって、
自由の森という場所はいろんな物を自由に作れる場所だからこそ
人と人が関係を作っていくための目に見えない条件が揃うのでしょう。
それを生かしきれるかどうかは、関わる大人にかかっているのではないかと、
はじまったばかりのキャンプで考えていました。

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テント張りで汗をかいた後は、みんなで体育館へ。
今年は、ご自身でも子どもたちのキャンプを立ち上げている理科のHさんが参加してくださり
楽しい歌やゲームで、一気にキャンプの空気を爆発させてくれました。
知らない場所へ来て、知らない人たちと会い、何かはじまるのかもわからない。
そんな緊張が続いていた子どもたちからも、大きな声が出てきました。

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ゲームで盛り上がったあとは夕食づくり。
理科室の前の石焼き釜のある庭で、さっそく火起こしです。
火起こしの『師匠』こと卒業生のお兄さんに見てもらいながら、
必死で火を起こしています。

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班ごとに協力して、かまどに石を積んでいるところ。
うまく燃えるようにするにはどんな風に薪を組めばいいか。
あーでもない、こーでもないと真剣な子どもたちを見ているのはとても楽しくて。
時間がかかったり失敗したりすることでたくさん考える子どもたち。
大人のわたしはそんな彼らから「子どもだったころを思い出せよ」と
言われているような気がしました。

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無事に火を起こしてかまどの薪を燃やして、
かかっている鍋に入っているのは豚肉と玉ねぎとシラタキ。
作っているのは豚丼です。

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鍋一杯にできあがった豚丼をかき込んでいるススだらけ汗まみれの子どもたち。
ピースしてるのは卒業生ボランティアのお兄さん。

本当はこのあと色んなことがありました。

虫取り
肝試し
寮のシャワーを借りたお風呂タイム
外遊び
体育館遊び
テントや
体育館で寝て
夜中の虫取り
早朝の虫取り
朝ご飯
水鉄砲つくり
水遊び
流し素麺
スイカ割り

ここには書き尽くせないことがほんとうにたくさんあったのですが
私だけではなく、参加した人たちは今ごろキャンプの色んな場面を思い出して
キャンプで見たことやったころをだれかに伝えたりしながら
あれはどういう意味だったんだろう、とか
あれはそういうことか!
なんて振り返っているんじゃないでしょうか。

小学生が29人集まっただけでなく、
在校生、卒業生、在校生保護者、卒業生保護者、
たくさんのボランティアが自由の森に集まってくるのは
それがなんとなく楽しいだけの準備されたキャンプではなくて
そこに来て人と会い、一緒に何かをすることで、
すこし難しくて楽しい宿題のようなお土産をもらえるからかなとおもいました。

参加した小学生の子どもたちが、
自由の森にこのあとまた来てくれることになっても
もしかしたらもう自由の森に来ることはなくても
夏の二日間、普段得られないものを体のどこかにしっかり刻んでくれてるといいなと
いっしょに過ごした子どもたちの顔を思い出しています。



卒業生保護者 なりたてほやほや

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久しぶりの自由の森。
写真は「あまんゆ」のOさん。
食堂前のテントで珈琲いれてるところ。
撮ってもいいい?
ブログに載せてもいいい?
ということで快く撮らせてくれました。
後ろに見えるのは満開の八重桜。
ほんとうにうららかな一日でした。

今日は授業参観と保護者会で、わたしはJiモールのお手伝いに。
夫は、友人の娘さんでこの春中学に入学したMちゃんの授業参観に。
それぞれの目的で卒業生保護者なりたてほやほやの一日が始まりました。

(ちなみにJiモールとは、自由の森につながりのある人や法人の物品販売を行うことで、売り上げの一部を学園に寄付し、財政的支援をおこなう組織です。)

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こちらは『森の手』。
手作り品を売るお店。

実はわたし、悩んでました。
なにを悩んでいたか。
(卒業したらどうしようかなあ)って悩んでいたんです。
自分が卒業するわけでもないのにおかしいですよねえ。
悩んだ結果、一番身近だった『森の手』に加えてもらうことになりました。
でもほんとうに「自分の進路」について考えてました。

自由の森という学校であり教育運動でもある場に触れさせてもらった6年間。
それをこれからどう生かして続けていこうかなあと。

6年前、このブログをはじめるときサブタイトルに書きました。
「学校は生き物。だって取扱品は生ものですもの」って。
それはこんな意味がありました。
学校はそこにいる子どもたちと教職員によって出来上がってる。
それを支えるのが保護者。
そこには卒業生も卒業生保護者も入っていないとおもっていました。
学校は、今そのときそこにいる人たちによって作られていく。
それでいいし、それが自然のことだと。
そうやって学校は作られていくんだと。
その気持ちは今も変わってません。
主体である子ども。
それを見守る教職員。
それを支える保護者という位置関係性。
卒業生保護者は速やかに場所をあけるのがいいよなあとおもっていました。
でもその反面、卒業生保護者にしかできないことがあるかもしれないということも考え始めていました。

思えば6年前。
娘が中学に入学した春に出会ったのが、当時高3の保護者だったみなさん。
自由の森初心者マークのわたしからはとっても大きく見えました。
どうすればこの学園を守り育てられるかを真剣に考え、独自の学校説明会を企画したり。
子どものこと、教育のこと、学園のこと、それらをていねいに考えながら、それらを形にしようと走り回っている皆さんの存在は、自由の森に子どもを入れたばかりの私にとって新鮮でまぶしいものでした。
そのなかのお一人が、今Jiモールの代表を引き受けて奔走していらっしゃる鈴木さん。
人のつながりって縁ですね。

今日、Jiモールの準備をしていた時のこと。
朝9時前、事務局前、簡単な打ち合わせの後、会議室から椅子やテーブルを運んだり。
テントを張ったり、品物を並べたり。
そのうちに授業参観の時間になり、在校生保護者の方たちが、
「すみません、行ってきまーす」とテントを離れて。
それを「いってらっしゃーい」と卒業生保護者が見送って。

ああ、やれることがあった、なにげないやり取りにひとつの答えが見えた気がしました。
それがなんなのかはまだはっきりと言葉になりませんが、「なりたてほやほや」から「若葉マーク」ぐらいになるころには、また何かわかるかもしれませんね。

そうそう、うれしいこともありました。
去年の夏にお手伝いをさせてもらった「わくわくキャンプ」に参加していた当時小6だった子どもさんのお母さんが、今日保護者会に見えていて、笑顔の再会!
キャンプの後、いろいろ相談を受けたりしていたので、喜びもひとしお。
他の卒業生保護者さんと三人で、合格よかったねえと大盛り上がりでした。
これも縁ですね。

入学したときは果てしなく長く思えた中高6年間。
その我が子も卒業し、自由の森に保護者としての席はなくなってしまいました。
けれど今日Jiモールが会議室からお借りした椅子のように、限られたなかで自由の森の時間に加わることができ、子どもがここにいたときとは違った軽やかさと気安さ、気楽さのなかで楽しみながら、この得難くて不思議な学校を応援していけたらなとおもいます。


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山田未来穂









卒業しました

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卒業しました!

1月くらいから、卒業できるの?課題は出したの?
聞きたい気持ちをぐっとこらえ(5回に1回くらいに減らし)
本当にハラハラどきどきしていました。

担任のSさんの、
おかーさんたち、子どもたちの不安を横取りしちゃだめだよ!
ということばをことあるごとに思い出し、
ぐっとこらえておりました。(がんばりました わたし)

そんなある日、保護者有志主催の「卒業を祝う会」の準備で学校に行き、
職員室に寄ったところ
このごろ課題もがんばってますね〜と
日本語科のNさんが声をかけてくださいました。

オペラと演劇をやったあたりから表情が変わってきたね、
自信を持って顔をあげてる感じがするよと言ってもらって
そうなのかーがんばってるのかーとちょっと胸を撫で下ろしつつ
(まだ課題出してなかったのかーと怒りもこみあげつつ)
やっぱり卒業証書をもらう瞬間を見届けるまでは心配でした。



うちの娘はまあどちらかと言うと、
授業はさぼる、課題は出さない、遅刻はする
とまあ親から見ればほんとうになにを考えているんだかの子で。
進路なんてずっと先の話、もしも卒業できなかったらどうしよう?
留年してもう一年やれるような子ではないし
もしそうなったら腹をくくるしかないよね。
卒業だけがすべてじゃないよね
生きいればなんとかなるよねと、
夫婦であーでもない、こーでもないと話しあっていたのです。

ところが今年1月の末のこと。
3年生の授業がすべて終わったあたりのこと。
かあさん、明日からもずっと学校行くから。
演劇とオペラと声楽の練習があるからお弁当よろしく。
と、言って来て。
そこからはもう怒濤の登校。
演劇、オペラ、声楽、演劇、オペラ、声楽。
まるで6年間のうっぷんを晴らすみたいに通いはじめました。
なんで今なのー
お・そ・す・ぎ・る

それでも毎日お弁当をもって出かけ
へとへとになって帰ってきて、
ご飯食べてお風呂に入って
9時半には寝てしまう生活が二ヶ月半続き
オペラの修了公演、演劇の公演、声楽の発表と終わったところで
今まではっきりと決まらないまま悩んでいた進路について
自分から話しはじめました。

実が熟して木から落ちるように、
子どもにも時というものがあるんですね。



そんな二ヶ月半を経て、いよいよ卒業の日。
卒業式はいつもの通り、体育館の真ん中に胸の高さほどある花道が作られ
それがまっすぐ舞台近くまで伸びていて。
思い思いの格好でそこを通っていく子どもたちが楽しげで。
服装が自由ということは、精神が自由であることの証明だということを
あらためて感じた瞬間でした。

主役の卒業生の席が舞台にある自由の森の卒業式。
舞台にあがった子どもたちは、みんな「これが私」と胸を張っているように見え、
偏差値やテストの点数で分断させられることなくここにいる子どもたちの
楽しそうな顔がまぶしくてまぶしくて。

堂々とそして明るく歌う子どもたちの合唱は
擦り切れた大人たちへのエールのようにも聞こえてきて涙涙でした。



本当によく通いました。
親も子も遠く飯能まで。
えっちらおっちら。

学校なんてもうなにも期待できないって
おもって辿り着いた学校だったのに
どうしてこんなに通えたのかと言えば
自由の森が学校らしくない学校だったからかもしれません。

「学校」っていうことばが持ってる「嫌な味」がしない場所で
子どもも大人もいろんな人に出会い、そのたびに立ち止まって
考えて学んだ6年間だったような気がします。

子どもが自由の森に入ったことで開いた扉のむこうに、
こんなにたくさんの出会いと学びが待っているなんて、
6年前のわたしは知りませんでした。

ていねいに生きている素敵なひとたちに
本当にたくさん出会わせていただきました。
それは教職員のみなさんだったり、保護者だったり。
生徒だったり。卒業生だったり。

とにかく子どもが生き生きと通えそうな学校だということだけで
ほっとしていたあのころの自分に、
もっといいことが待っているよと教えてあげたいような、
でもやっぱりもったいないから黙っておきたいような。
卒業して今ちょっとばかりさびしい気持ちになりながらも
ここで出会ったひとたちとのつながりが
これからも細く長く続いていくだろうというおもいが、
胸のなかに確かな灯りとなって灯っています。



そして、6年弱書いてきたこの観察日記。
すっぱりやめてしまうことも考えたのですが、
卒業生保護者としてもうすこしだけ書かせてもらおうかなとおもっています。
世の中があらぬ方向へ行ってしまわないように、
自由の森みたいな「日本の学校」らしくない学校と
たくさんの子どもたちが出会ってくれるように、
ささやかながら書けることをさがしていきたいとおもっています。

というわけで、
お時間があるときに、のぞいていただけたらうれしいです。

第27期 卒業生保護者(なりたてほやほや)山田未来穂

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