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「卒業生は今」

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2月6日に、高校2年生の保護者企画で、『卒業生はいま』というのがあるそうです。

「自由の森の卒業生」って、ひとくくりに言えない分、いろんなひとが来てくれて、

「自分の場合」を話してくれるんだそうです。

もちろん、私も楽しみに行こうと思っています。

今までも、学校説明会で、たくさんの卒業生のみなさんのお話聞かせてもらって。

だからって、その方はその方。

わたしのうちの子どもたちがそうなる、なれる、なれない、ならないという訳じゃない。

だから最初、聞いてもどうなのかなあ、参考になるのかなあって思ってました。



でも、あるときがきっかけで考えが変わったんです。

みんなそれぞれだけど、自由の森を巣立っていったということが、

どんな種を蒔いて、どんな芽が出てるのかな、ということを知りたいって。


  ※ 2月6日(土) 1時半から4時 大音楽ホール(2階)でやります!





自由の森の保護者たち

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なんというか自由の森の保護者っていうのは…すごいなあと。
上の写真は去年、はじめて企画されて好評だった自由の森のカレンダーです。
音楽祭のときに美術棟の前で寒いなか遅くまで売っていたのは保護者のみなさん。
ほんとになあ。
すごいよなあ。
なんでかなあ。


去年の校外の学校説明会のチラシも保護者の方がたが、
あーでもないこーでもない、って作ったんでしたっけ。
自由の森を知ってもらうにはどういうコピーがいいかなー。
やっぱりきれいなのがいいよねえ。
000枚刷っていくらになる?
それならいっそ0000枚いこうよ、と、盛り上がる盛り上がる。

ほんとに「PえあれんととTいちゃーのAるから仕方なくやるPTA」とは全然違う!
で、それがみんな、強制でも役員でもなくって、やってもいいよ~って手を挙げたひと。
信じられない、ウソ、ホント?
やるの?みんな?
うわー。
でもこれがいつの間にかフツーになるのが不思議です。

学園祭のときなんか、今年は立ち上がったばかりの「jiモール」のテント。
雨でもテント、もういろんなもの売ってるんですねー。
寮の修理したいよなあ、とか新しいピアノ買いたいよねーとか。
生産者と交渉して、売り上げの一部を学校に寄付することを取り付けて。
それも卒業生の保護者がやってるんだもん。
まったく、この学校の保護者はーとあっけにとられている感じです。

かと言って、なんにもしてなくても別にそれは問題なし!
当たり前でしょう、好きでやってるんだから、とみんな笑うのにはびっくり。
やりたくないことはやらないわよ。とか。
これはやりたいから、言いたいこと言うわよ、とか。
ここんとこどうなんですか、〇〇さん!なんて教員に詰め寄ったと思ったら
次の瞬間には、笑い合ってたりして。
問題が起きても、みんなすごく大人。
わたしなんて、すぐカッカするのに、みんな大人。
いろんなひとがいて当たり前だからね、って。

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この写真は学校の大音ホールでやった学校主催(それがふつー)の学校説明会ですが、
なかには在校生の保護者がたくさんいて。
来校されたみなさんが各教室に移動したあとなんかに
靴を入れてた袋の片づけとかやってたり。
午後の個別相談の順番待ちをしてる方々のそばにいて、
質問に答えたり、寒くないですか~なんて。
自由の森には、そんな風に動いてる保護者のひとたちがたくさんいるんです。
なんでなんでしょう。

自由の森学園には「PTA」っていう、強制的お手伝い軍団はなくて、
毎年毎年そのときの中高6学年の保護者が動いてるだけ。
でもそのパワーがすごくって。
これって、正直とっても新鮮なことでしたね。
まあ正直、ひとがたくさん集まると面倒臭いこともたっくさんあるんだけど、
それがあって当たり前、っていう前提がみんなあるのか、
すごい寛大だなあと思ったりもします。

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これはこの間の音楽祭のあと、体育館で来校者のみなさんが座っていた椅子を
みんなで片づけているところ。
わたしが経験してきた学校だと、役員さんと生徒の仕事、みたいになってたけど
わいわい言いながら、校長さんも教頭さんも保護者も生徒もごっちゃになって、
バスまで時間がないない!とばかりにきれいさっぱり。
きっとこれが自由の森の保護者の、制約されない・縛られない活動で、
それをいつの間にかライフワークにしてるひとたちなんかもいて。

去年は保護者主催の学校説明会が、今年は学校と合同になったり、
今年は寮をきれいにしようプロジェクト、みたいなものすごいことするひとがいたり。
それで寮はぴかぴかになって。思わぬところにすごいプロがいて感激したり。
自分ができることを、できるときに、っていうのが、
すごくいいなあ、それじゃなきゃだめよ。
無理してがんばっちゃだめよ、と
いつも卒業生の保護者の方の余裕の笑顔(経済的?)が横にあります。
だからって、伝統とか、引き継ぎとか、そういうものとは距離を置いてて。
去年あったものが無くなってたり、突然すごいことが始まったり。

私はこうしてブログでこんな風にいい加減なこと書くくらいしかできないので、
百聞は一見にしかず、こんなの読んでるより来て見て入って~という気持ちです。

来週30日は授業参観、評議員の選挙(今年は信任投票)、クラス懇談。
うちは寮もあるので、昼休みは寮の保護者会。めずらしく忙しい一日です。
でもそれが終わると、遠方から足を運んだ保護者のみなさんを囲んで、
各クラス、飯能あたりまで出て、親睦会に花が咲くことでしょう。

来月の2月6日には、高2の最後の学年企画、『進路について話を聞こう!』
っていうのがあります。私も息子のクラスが幹事なので、がんばらなきゃ。
なんにもしてないしなー。
悪いなー、ごめん、さぼってて。
でもみんな全然責めたりしないんだよなー。
みんなありがとー。


親が変わらなきゃ

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これは自由の森で生徒たちが中心になって書いている雑誌『Voice』。
子どもの声。聞いているようでいて、こころの声は聴いていないのかも。
なんて、古い写真を見つけて思いました。

明日から学校がはじまります。
母さんは兄ちゃんに厳し過ぎるよ、と娘を寮に送る途中で言われ、
やっぱりなあ、そうだよなあと反論できず。

子どもが声を出そうとする前に、私の声がそれをかき消していた?
そう思いたくないという自分と、そろそろ認めないと駄目という自分。
親であるわたしが変わらないと駄目だよなあと。

小学校、中学校、前の高校、塾、進学塾、ありとあらゆる所を巡っても
息子がどこか自分らしく生きられない、もがいて道を探そうと出来ないのは
私が変わらないからか、とがっくりしながら、雲が晴れた感じなのは何故?

新学期からがんばるのは、どうも私のようです。
レールは敷いてなかったけれど、囲いこんでいたら同じだよね。
がんばります、新学期!


お正月に考えたこと

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お正月、甥っ子や姪っ子が遊びに来ました。
みな小学生。
なつかしいなあ、この感じ。
こういう時あったなあと感慨しきりでした。
ねえ、ママ、ねえねえ、とまとわりついて来る子どもたちに
振り回されてるだけで時間が過ぎていったころがほんとになつかしい。

いまその子どもたちは中学二年生と高校二年生。
娘は、年末からねだっていた新しい楽器(トランペット)に夢中で。
息子は、年末年始のアルバイトで大忙しで。
あんたたち、今年はどういう覚悟で臨むの~~って感じで
言いたいことがた~~~~~くさんあるんだけど、
今のわたしが出来ることは、「待つこと」なんだろうなと思いました。
待つってつらい。母の安心できるような言葉を言って。お願い。


寮のある学校

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「インターネットで、『寮のある学校』を調べて見つけたんです!」
そんなことを話してくれたのは、学校説明会のときに会った少女でした。
独立心と、新しい世界へ飛び出していこうとするエネルギーが
きらきら光ってきれいだなあと思いました。
上の写真は、ジモリ坂から見た森寮(女子)で、今年は五十人近い生徒たちが
ここでいっしょに暮らしています。

そういえば、うちの娘も、自由の森へ入ったきっかけは寮でしたっけ。
八月、小学校5年生の夏休みに参加した「学びの森」で、
寮に泊まらせてもらったんです。
それまでも、ひとりでスキーキャンプなんかに行ってたから、
親は特に心配もしてなかったのですが、
一日目が終わり、翌朝自由の森で再会したときの第一声は
「かあさん、たのしかったー!!!あたしここに来る。そして寮に入る!」

通えるのに?
へ?
というのが最初の感想。
寮費ってかかるよね…うっ。
でも娘は、自由の森に行くことイコール寮に入るということで、
初志貫徹、しっかり寮希望で入学願書を出しました。
近いから入れないかもよ、それはそれで仕方ないよね、
と娘に言い聞かせ、通う方が出費が少なくていいなあと心で思い。。。
でも入れてもらえて、今があります。

とにかく寮監さんと生徒たちとのつながりや関係が濃い!
本当に、親代わりになって、子ども達の生活や心の揺れまで、
ていねいにていねいに見てくださっていて。
まずそれに感激し、安心し、信頼し、何かあると相談に乗ってもらって。
娘は何かあると、寮監室に行くようです。
ほかの子も同じですよー。と寮監さんの頼もしいこと。
子どもたちの命と生活を守るという大変な仕事をしてくださってるのに、
いつも笑顔で弱音も吐かず、親に対しても細やかに話をして下さる。

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そして食生活部、そう食堂で三度三度ご飯を作ってくださってる皆さん。
この写真は、寮の敷地から食堂へ降りる階段です。
食堂には寮生の食券、プラスチックのチップをかけるボードがあり、
それを見れば、誰が朝ごはんに来てないかがわかります。
私はいつも食堂の方に会うと、このごろ朝ごはん食べにこないから心配とか、
このごろ笑顔がたくさん出てきてるよ、とか声をかけてもらうんです。
ああ、お母さんがここにもいるーってまたまた安心になるんです。
娘の自由の森は、寮と食堂無しには有り得ないのがよくわかります。

寮のある学校で探している生徒さんや親御さんが、
今ごろ、編入試験や入学願書を書いてたりするのかなあ。
冬休みになって、寮も今日で閉寮(廃寮じゃあないですよ^^)という日、
男子寮では、大きな声で歌を歌いながら男の子たちが掃除をしていました。

そうこうしているうちに、娘が来ました。
ありがとう、遅くなりました、なんて他人行儀に言って。
しっかりしてきたなあ。
毎週のミーティングで、上級生たちに揉まれて学んだことは大きいです。

そうそう、自己評価表、まっちろけの娘に言ったことばで、
いちばん効き目があるのは、寮を止めさせるぞ!でした(笑)
学校止めても、寮は止めたくない、なんて訳のわかるようなわからんような。
そんなことを言っている娘の成長を、見守り、叱り、誉めながら
一緒の時間を過ごしてくださったみなさん、ありがとうございました。
また来年もよろしくお願いします。


音楽祭

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青い空にむかって伸びている矢印のような冬の木。
まだ8時。
音楽祭の開幕まではまだまだ。

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そこへ、なかのさん登場!
さわやかな笑顔。
いい日になりそう^^

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卒業生の保護者の方が、自家用車で運んで来てくださった機材。
右の写真はバッテリー?これも保護者OBの方(感謝)

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左は、地域の環境を考える学びをしている生徒さんたちの作品で、
ビオトープの木道。頑丈な造り。公開研で見てくださいね、って言ってた。見たよ!
右はジモリ坂からの道。まだ早いので、誰も来ません。

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ふしぎな赤い人間も、体育館も、準備万端。
自由の森が動き出すのを待っています。

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自動販売機の上で猫がひなたぼっこ。
まだにゃあ。
お、むこうから生徒さんが。
渡された新聞、「日刊火野新聞」なになに…緊急スクープ?

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いよいよ開場の時間。
なが~い列ができていましたが、実行委員の生徒さんは淡々と。
そしていよいよ!

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十二歳から十八歳までの子どもたちが、それぞれの背丈で唄う、歌う、謳う!
本当に二日間、有志の愉快決壊七転八倒の日、
一年の子ども達の生きた時間が見えるようなクラスの日
それぞれにもう息つく暇もない二日間でした。

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そして来てしまったフィナーレ。

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クラスや学年から解き放たれた生徒たちがフロアーへ降りてきた瞬間!
照明が変わり、空気が変わり、生きていることを爆発させるようにフィナーレ突入。
安全を第一に、という実行委員会の生徒たちの声が響いていました。
「正しいノリ方は、縦ノリ!」

狭い体育館で、たくさんの子ども達が押し合いへし合い、
教員のみなさんは、壁際に待機して、子どもたちの安全を見守っているようで。
こんな風に自分のなかにある言葉にならないエネルギーを、 
爆発させてやれる学校って、ほかにあるかな、って思いました。

どんどん興奮が高まっていくなか、フィナーレを仕切る生徒さんが言います。
「少しみんなゆっくりいくよ~」「まだまだ続くから縦ノリだよ~」
体育館の出口側には、フィナーレ生バンドの演奏の歌詞が映し出され、
フィナーレが絶高潮に達したそのとき、実行委員会のメンバーが紹介され
ひとりひとりフィナーレのステージに呼ばれていきます。
そのたびに起きる大きな拍手と賞賛の声。

そういえば、この二日間、教員のみなさんの声を聞いてない。
みなさん、黙って子どもたちのやることを見守ってる。
口出ししない。手を出さない。助けを求められればすぐに動けるように、
あっちこっちに保護色になって、待機している教職員のみなさん。
ほんとうにありがとうございます。
教職員のみなさんあっての実行委員会。

そしてみんな、裏方さんを買って出てくれたひとたちがほんとの主役だってこと、
ちゃあんとわかってるんだーって、うれしくなって、最後までノリまくり。
そしてきっちり7時、音楽祭は幕を閉じました。

みんなで椅子を片付け、箱椅子を運び、シートをたたみました。
広くなっていく体育館、静かになっていく空気。
外はもう真っ暗で、自由の森カレンダーを売るひとのところに人が集まって。
私も顔見知りのみなさんに、良いお年をとごあいさつして、
自由の森を後にしました。

音楽祭はこうして幕を閉じました。
たくさんたくさん元気をもらいました。
なぜかっていうと…
音楽祭の進行と同時に、私の心の中も少しずつ変化していったからです。

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息子が私のすぐそばを通りすぎて行きました。
クラス合唱が終わって、晴れやかな顔をして出ていきました。
それを追いかけなかった自分がいました。
クラスの合唱だけでも出てくれたから良かった…
なんて思ってたんじゃありません!

もう止めた!
味噌汁なんて止めだヤメ!
そう思ってたんです!

さらに心で叫んでたんです。
出口に向って、私にバレてないと信じて意気揚々、
歩いて行っている息子の背中に。

このあとが楽しいんだぞ!
フィナーレだってあるんだぞ!
他のクラスや年上のクラスの歌を聴いて、
そのあとだから、みんなで作るからフィナーレが楽しいんだぞ!
なんにもわかってない!
勝手にしやがれ、馬鹿息子!
あー、すっきり。



息子には負い目がありました。
二つ違いの彼の弟が生まれて二ヶ月で死んだとき、
目の前にいる彼よりも、死んだ子への思いでいっぱいでした。
「ちゃーちゃん、泣かないで」あの時の息子の声が今も聴こえます。

だから負い目がありました。
私はこの子に充分な愛情を注がなかったんじゃないか。
我慢ばかりさせていたんじゃないか。
見ていなかったかもしれない。
抱きしめやったんだろうか。
話しかけてたんだろうか。
わからない。

その不安を消すために、息子にはしっかり向き合おうって思ってた。
でもそれは息子の為じゃなく、自分のためだったんですね。
向き合おうという気持ちは変わってないけど、
その方法が違ってたんじゃないかって。
自分の不安を消すための過干渉。
きっとそれだって。

音楽祭の最後、高校三年生のあるクラスが、
ユーミンの「ひこうき雲」を聴かせてくれました。
若い命が空に昇っていくという詞。
あの子の命はひこうき雲、って。

恥ずかしながら、私はパイプ椅子に座って泣いてました。
ぐちゃぐちゃになって泣いていました。
だけど、それですっきりしました。
もうそろそろ気付かなくちゃいけないって思いました。
歌ってくださったH3-1のみなさん、ありがとう。

だからもうお味噌汁を「毎日作る」なんて止めます。
まあ、作りたいときに作るかもしれないけど。
息子のためになんて、おかしい、おかしい。
だって、そんなこと息子が知ったら、
息子どころか、娘が知ったら、すっぱりこう言われるでしょ。
「頼んでない!」

そう思ったら、なんか馬鹿らしくなってきました。
そしてすっきりしました。
「フィナーレ出ないなんて、バカジャネ?」
娘ならこう言うかな。
ちょっと真似してつぶやいてみたりして。
フィナーレに出るのも、楽しいと感じるのも、
わたしじゃなくて、息子なんですよね。
そんな当たり前のことに気付かないで、あーしーこーしろと、
愛情だと勘違いして色々なこと押し付けて、
結果指示待ちニンゲンにしてしまうところでした。
だいじょうぶ。
自由の森の教員のみなさんが言ってくれます。
だいじょうぶ。
気が付けばいつか、変われる。
そこから世界が広がっていくよって。

もちろん子どもには、ばか者にはなって欲しくないから(馬鹿になるのは大いに結構)
今まで通り目を光らせます!

だけどそれだけ。
ぎりぎりまで見ています。
そして、見守ってみます。
自由の森の教職員のみなさんがやってくださってるように。

もうそろそろ、私自身が変わらなければ、子どもの邪魔をしてしまう。
気付かなきゃって思います。遠回りしたのは、私かもしれません。



家を中1で出て寮にお世話になっている娘が、
中2になった今年初めて、有志の日にフルートを聴かせてくれました。
いつどうやって仲間を作ったのか。
いつどんな風に練習したのか。
なあんにも言わないで、当日行ってみたら、フルート。

小学校のときに、友人のライブを聴きに連れて行ってから、
だいすきになったフルート。
高学年になって、金管クラブに入り、コンクールに出されて、
「吹くのが楽しくなくなってくよ、母さん」と言っていたフルート。

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それをあの頃とは比べ物にならない音色で聴かせてくれました。
親ばかです。
笑ってくださいね。
うれしいものです。
我が子がだいすきなことで、一所懸命になってる姿を見るのは。
だからついつい余計なことをしてしまう。
だけど、それじゃ駄目ですね。

親は欲張りで、不安だらけで、不満だらけで。
何もかもが初体験でたいへんだけど、
またひとつ新しい窓が開きました。
来年の音楽祭には、どんな窓が開いているのかな。
今を生きようと思います。
だいじに。だいじに。

いよいよ今年が終わりますね。
今年一年、ありがとうございました!

内山 節さん、それから

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学校説明会で話をする中学校長のなかのさん



公開研が終わってから今日まで、何度も自由の森へ行きました。
学校説明会で、広める会の手伝いをしたり、全校保護者連絡会、
福祉の現場へという選択講座にもおじゃましたり。

鞄のなかには、公開研の講演会で出会った哲学者 内山節さんの本が、
頭のなかでは、いろいろなことがめぐっていた一ヶ月でした。

公開研の二日目、息子が合唱の舞台にいなかったこと。
そのことから書ないと、わたしの観察日記は先へ行けません。
迷ったけれど、子どもを私物化しない範囲で書いてみます。

息子はその日、カードゲームの大会に行っていました。
それが、帰宅して彼に聞いてわかりました。
わたしたち親は、うなだれる息子を前にことばが出ませんでした。

彼が自由の森に編入してもう半年以上が経っていて。
それなのに、彼はサボることだけを覚えたのかって。
みんながやってるからいいと思ったって。
情けなくて、それは息子も自分もです。

どうすればいいんだろう。
試されていると思いました。
自分自身がこのことをどう息子に語りかけるのか。
私が何に苛立って、情けなくなっているのか。

息子は、ヤバイことをして見つかった、という程度の認識でした。
わたしの方には、この怒りと失望、落胆を説明する言葉が
どう探してもみつかりませんでした。

公開研の朝でかけるときに、合唱まで出ると言っていた息子が、
朝から学校に行かず、別のところへ行っていた、
嘘をついたということで、息子を責めるしかできなかったのです。

そのあと、息子が壊れていっていることを知ることになりました。
息子が、公開研の日に授業を抜け出して行っていたのは、
カードゲームの大会でした。

小学校の頃から、一枚30円という安価で遊べるものとして、
それも、テレビゲームとはちがって、人との関わりのあるおもちゃとして
私はカードゲームを把握していたつもりでした。
でも。

息子のカードゲームは、子どもの頃のそれと違う次元になり、
その行動の源流にあったのが、インターネットであることが、
次第次第にわかってきました。

親である私の知らない世界へと羽ばたき始めた子どもたちに
目を配っていたつもりだったのに、と失意でいっぱいでした。
息子は、次々と高額で強いカードを手に入れるために学校をさぼり、
バイトでお金を稼ぎつつエンドレスのカードゲームにはまっていたのでした。

バーチャルの世界の魅力。
匿名性から来る気楽さと、いつでもリセットできる安易さ。
そこにつけ込んだ大人の儲け主義に息子を食われてなるものか。
そんな闘争心が親である私のなかに芽生えてきました。

公開研で、内山さんが話してくださったこと。
知性に偏りがちな現代において、身体性の持つ力に目を向ける、
そのことと、息子のことが繋がっていきました。

バーチャルな世界で、満足感を得、優越感を感じ取る。
そして現実世界で満たされない部分を補いながら、
時間をやり過ごしている息子を目の前にして、
母親として、大人として、情けなさと悔いが日々募りました。

そして、そうして育ててきてしまった自分、
そんな世界に埋没していくしか存在感を得られない息子、
どこから再生していけば、内山さんのいう身体性を回復できるのか。

悩んで考えて、数少ない友人に話を聞いてもらい、話を聞かせてもらい、
そして現実社会とバーチャルの世界のはざまでぼんやりしている、
息子と向き合う以外にはないと腹をくくりました。

まだ息子は、はっきりとその意味や理由や自分自身について、
わかるどころか、考えようというところまで行っていません。
でも、何かがちがう、というところで、戸惑っているような気がします。

そして親の私は、これが自由の森学園にいるときで良かったと、
心底思いました。ここには、私と息子が学ぶ材料がたくさんあって、
その過程を見守ってくれる時間がある。
そう思いました。

真実を見つめるのは、とても勇気のいること。
そんな言葉を思い出しました。
息子に、それを手取り足取り教えるわけにはいきません。

彼が自分でもがいていくしかないし、もがいていけばいいんだと、
ようやく私も、心が定まってきました。
親って、なんなんでしょうね。
何にもできないなあ。って。

内山さんの言う身体性だって、頭で理解しているうちは別物だし。
身体性の大事さを、自分はどう獲得していくんだろう。
子ども達にどう感じさせてやれるのだろう。
まだまだ毎日迷っています。

でも自由の森という場所と時間のなかで、
それを迷えること、とってもほっとしているのも確かです。

公開研の次の日から、わたしは毎朝お味噌汁を作っています。
当たり前じゃない、って思われるかもしれないけど。
息子がある朝言ったんですね。
母さんの味噌汁飲むとほっとするのはなんでだろうって。

ていねいに高級な材料でだしを取ったわけでもない、
なんてことのないお味噌汁です。
家族の好きな具で、いつもどおり、薄かったり濃かったり。
それでもそう言うのはなんでだろう。

頭やことばで説明できない何か。
それは「ほっとする」という単純な感覚なのかもしれない。
そう思って、あれからずっと寝ぼけ眼の息子にお味噌汁を飲ませ、
送り出しています。

そこからしか、始まらないような気がして。
もちろん、それは母親がちゃんと朝ごはんを作って、なんていう、
お役所の唱えている「食育」とは違います。
ただの普通のお味噌汁です。

担任の教員の方が言ってくれました。
大事に苦しんで悩んで、それに価値があるんだから焦らないでいいって。
私は、頭でっかちになった生活から、身体性の持つ力を見つける生活へ、
息子とは別に、シフトしていけたらいいなと思っています。

多分、息子にとっても私にとっても、それは未知との遭遇で、
そこは分け入ってもこうだ!と言えない森のようなものなのかなと、
内山節さんから頂いたお話と、我が家の息子と親の私が絡み合った、
そんな一ヶ月だったように思います。

ちなみに今読んでいるのは、
内山節(うちやま たかし)さんの『哲学の冒険』。
この本のなかに書かれていることばを、生ものにするには、
どうすればいいんだろう。
学びは続きます。

明日は待ちに待った音楽祭。
自由の森の中学二年になった娘が、有志で何かやるそうで、
父さん、来てくれるかなあと言いました。

出来がどうであれ、何かを見つけてそれをやろうとしている娘に
どこか救われながら、息子の成長を見守っている所です。
またたくさんの元気とハテナをもらいに出かけます!


自由の森に入ったのは 公開研に参加して

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11月21日、22日の二日間、
飯能のビジネスホテルをインターネットで安く予約して夫婦そろって行ってきました。
当日になるまで、どんな授業があるのかわからなかったので、わくわく。
行ってみると、もうボランティアの保護者の方々がスタンバイ。
お世話になります、ありがとうございますとあいさつして受付へ。
いただいた資料と授業内容の案内とにらめっこ。
さっそく夫婦で、どれに行く?わたしこれ行きたいなあ、ぼくはこれにしようかな、あ、こっちも…なんて。
とにかく寒いから、展示室に行って時間まで自販機茶しよう、と行ってみると、
もうすでに先客があり、その方たちと合流してあれこれ話をはじめました。
これもまた、自由の森の楽しみ。
情報交換も、相談も、ここで会ったが百年目~みたいにどんどん始まります。
みんな忙しいなか森まで登ってきてるから、ここぞとばかりに捕まえて話して(笑)

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こちらは二日目の受付を守ってくださっていた自由の森の教職員?のお二人。
ありがとうございますー。って言いながら、午後の分科会に行く前にぱしゃり。
一日目は、お手伝いすることありますかーって言えたけど、
二日目はもう、ごめんなさい!行ってきまーす、どーぞーとそんな感じ。
裏方のみなさま、ありがとうございました。

一日目は、高校の日本語の授業にお邪魔しました。
テーマは徒然草を読む、ということで、だいじょうぶかな、私寝ないかなあ。
古典なんて、高校のとき楽しんだ覚えなかったよなあ。
なんていう不安にかられながらも教室に入っていきました。

授業の内容は、私の記憶のかなたにある「古典」の授業とは程遠く、
日本語というジャンルでは分けきれない深い内容のものでした。
こころの勉強であり、発言の勉強であり、想像力の勉強であり、
作品を読むという体験であり、ひとの意見を知るという体験でもあり、
その根拠を探る作業であり、すべてをまとめて、生きるということについて、
授業に参加して作品を読んでいる個人個人が自分を知るという授業になっていました。

終わったとき、疲れたなあ、と思ったものの、こんなに古典というものを忘れた古典の授業って
やったことなかったなあって、しばらくその余韻から抜け出せないほどのものでした。
古典と言えば、「あり・をり・はべり・いまそかり」とか、とにかく古語辞典と文法!みたいな
そんな印象しか残っていない私にとっては、大きな体験をした二時間でした。

その後、昼食をはさんで日本語の分科会に出席しました。
授業は高校2年生のものだったので、ここまでの授業をするには、
たぶん色々御苦労があるだろうなと思い、発言しました。

今の子どもたちは、自分が小学校に勤めた経験からすると、
自分のことばをつぶやいたり、吐き出したりすることさえも出来ずにいるように思います。
受け皿、それは保護者だったり、親だったり、教員だったり、社会の大人だったりするけど
その受け皿がないからではないかと思うのです。
そんな幼児期、学童期を過ごした子どもたちが自由の森にやってきて
あそこまで自分の考えや感じ方を表出させ、表現にまで高めていく作業を支えるのは
どれだけ大変だろうか、子どもたちの言葉が奪われていた時間やその傷を埋めながら、
授業を作る方法やそのときの苦労などについて、教員の皆さんにお聴きしたいです。
そんな感じだったかと思います。

他にも日本語の分科会では、助言者の方のご意見をお聞きしたいという発言や、
現在の小学校での状況を報告する方もいて、日本語の授業をきっかけにして、
思ったよりもたくさんの方々が、日本語やことばの危機について考えておられることを知ることができ、
教員のみなさんや助言者の方とのディスカッションまで入る時間が無いほどでした。
やっぱり、ことばって大事なものなんだ、ということを改めて感じて、
うう、もっと時間がほしいなあと思ったのでした。
でも日本語の授業と分科会がなければ、こんなテーマで話す機会は無かったわけで、
やっぱりみんなで話すっていう機会は大事に生かしていきたいなあと思いました。
日本語科の教員のみなさま、ありがとうございました。
また自分なりに考えて、これからも考え続けていきたいと思っています。

夕方からはじまった哲学者・内山節さんの講演は、とても楽しいものでした。
多目的室はもうひとでいっぱいでした。
淡々とお話される内容は笑いとユーモアとペーソスと、そして何より内山さんご自身の、
等身大の体験に基づく哲学の入り口としては魅力的すぎるくらいの講演でした。
ずっと立って話して下さっていたのが申し訳なくて、お疲れになっただろうなと
感謝の思いでいますが、内山さんの御本を読んでみたいとほかの保護者の方とも
あとでかなり盛り上がりました。

そしてその一時間の講演に続いて、内山さんに聞きたいことあるひと、どうぞー、と
フリートークの時間が始まりました。高校生、中学生?、教員の方、保護者、とにかく次々。
こんなに手が挙がる講演会って、やっぱり自由の森ってたのしい。
自分の地域でPTAとか、そのほかでも講演会で質問や感想を言うひとは少なくて、
盛り上げるために、サクラを仕込んで置く、なんて話もあるのに、
もう質問をあきらめたひともいた位の盛り上がり方でした。
みんな、知りたいという好奇心、どうしたらいいんだろうという葛藤をそのままにせず
自由の森で、何かをつかみたい、という気持ちなのかなあとびっくり。

そのなかでも、ある生徒さんが、内山さんの、
「三日以上先のことは考えないでその瞬間瞬間これが自分の役割だと思ったことをして生きています」
というお話について質問をしていたのが、印象的でした。
生徒さんは高校三年生。
受験のことを考えると、今を犠牲(内山さんは消費ということばでお話されました)にしていかなければ
行きたい大学には行けないし、その一方で今やりたいことはたくさんあるし、という悩み。
内山さんは、大学に行きたいというのが今の気持ちであれば、受験を手続きのひとつとしてとらえて
そのために今自分の役割はその手続きのための準備をすることだということでいいと思うと
ていねいに答えてくださっていました。

ほかにもたくさんの質問やら、意見が出ましたが、内山さんは始終淡々と話してくださり、
内山さんの世界に触れることができたことに心底喜びを感じました。
それは、内山さんが、これはあくまで僕の考え方で、とか、やり方でとか、そう言って、
みなさんはみなさんのやり方を探すときに、僕の話が何かの参考になれば、と
やわらかに対応してくださったことに尽きる気がしました。
答えは自分で出す、自分の哲学を持つ、考えることは楽しい!
これが内山さんのお話を聴くことができたわたしの実感でした。

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さて、二日目は英語の授業を選んで、高校1年生の教室におじゃまむし。
担当の教員の方の指導案や、テキストのプリントをいただき、
受付でもらった分厚い公開研の授業の資料と合わせてにらめっこ。
そんな私など生徒さんたちも教員の方もまったく気にせずに、
いつも通りの空気なんだろうなあ、とわかるナチュラルさで授業が始まりました。
おしゃべりしている子がいたりしても、授業は聴いていて、
どう?と教員の方にふられると、俺は…と話し始める。
途中抜け出したかと思うと、飲み物を買ってきてまた授業に参加する。
発言をしないけれども、真剣に聴いている。
一心不乱にノートを取っている。
みんな自分のやり方で授業に参加する形を決めているような気がしました。

英語の授業としてびっくりしたのは、リズム読みというもの。
この日のこの授業は、前置詞の8時間目ということで、前置詞と名詞の組み合わせを
まるでラップ(クレラップじゃないですよ)を刻むように声に出している生徒さんたち。
英語というと書くもの、読むもの、だと思っていた学生時代を思い出し、
今痛烈に、英語でしゃべりたいと思っている私は、ぴょんぴょん飛び跳ねたくなりました。
たのしいたのしい。聴きとれなくてもだいじょうぶ。書けなくてもだいじょうぶ。
失敗は財産だからね、ぜったいに消さないで残しておいてね。
プリントに前置詞や名詞を書き込んでいる生徒の間で教員の方の声が響きます。
いいなあ。失敗が財産、って言われたかったなあと思いました。
だって失敗が怖くて質問できなかったんだもの。
失敗が怖くて手を引っ込めてたんだもの。
失敗は財産、今のわたしにも言えるなあ。
大人だから限度はあるけど(笑)

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二日目の分科会は、授業を少しだけ離れて、生徒さんの企画あり、
選択授業の企画あり、打ち解けた感じで選ぶことができました。
私の選んだ分科会は、わたしがひそかに憧れている(ってここに書いたらひそかじゃないけど)鬼さん。
テーマは環境。
環境に関係する授業や活動をしているひとたちが集まって、活動や実践や思いを語りました。
そこに参加している生徒さんたちは、まだ正直上手に環境を語るという感じではなかったけれど
それでいいのだと思います。というか、それがいいのだと思います。
だって、高校生のうちから、というより、若いうちから、結論が出てしまうなんてウソ臭い。
入り口に立って、一歩踏み出して、今いろんなものを見はじめている彼らが、
これから長い人生のなかで、そのことをどうつなげていくのか。
教育っていうのは、急いで結果や作品を求めようとするとロクなことにならないから、
自由の森の生徒さんたちは、いつもその未完成さでキラキラしているなあと感じます。

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長くて短かった公開研を終えて家に帰って。
ブログに何をどう書こうかな、ゆっくり書かないともったいないなあと思いつつ、
ふとソファに目をやると、読んでない新聞の上に夫所有のファイル。
なにが入っているかって?
それがこの↑月謝袋です。
これは夫がこの春から習い始めたピアノ教室の月謝袋で、
ちゃあんと先生はかわいいシールを貼って返してくれてるんですよ。
レッスンの日である火曜日は、出勤前に電子ピアノの前に座り、
何度も何度もおさらいをしている夫が、妙にほほえましくもあります。

そこで気付いたんです、わたし。
娘が自由の森に入学して、息子が高校に編入して、良かったなあと思っていたけど
自由の森に入学したのは、実は私たち親だったのかもしれないなあって。
だって、今まで持ち続けていた価値観や、常識だと思っていたことやあきらめていたことが
自由の森に関わったことで、形を変え始めてるんです。

自由の森は天国じゃないから、そりゃあいろいろあります。
まず子どもたちとのぶつかり合い。
もう、今回だって、楽しみにしていた最後の全体合唱を、
我が子たちは別々にふたりとも脱走していたのです!
もう、舞台に子どもの姿が無いと確信したときの気持ちは言い表せません!
待ってろよ!と怒り爆発で車に乗り込み、夫と二人家路を急ぎ、
そのあとの修羅場はもうここには書けませ~ん(涙)

でもまあそれも親子のコミュニケーション的事件。
今日はもうすでにおさまっておりますのでご安心くださいませ。
振り替え休日が終わって、また明日から学校。
次は音楽祭ですね。
今回もたくさんの方に声をかけていただけてうれしかったです。
ありがとうございました。
風邪など召しませぬよう、お召しになっても軽く済みますように。
なんて、最後は手紙みたいになりました。



先生と呼ばれて

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はじめて先生と呼ばれたのは20歳のときでした。
大学で「障害児教育」を専攻し、ハンディのある子どもたちとの人生が始まりました。
大学で学んだのは、本を読むより子どもの生きている場に生きろということ。
亡くなった恩師は、大学の講義を終えると福祉作業所へ走り、
子どもたちの作ったパンを鞄いっぱいに詰め込んで西新宿の飲み屋街へ行き、
馴染みの店を回ってはパンを売り歩いていました。
私が大学で学んだのは、まさしく共に生きて自ら学べという恩師のメッセージでした。

写真は、私がはじめて小学校の「特殊学級」(現在では特別支援学級という名前です)で
出会ったOさん。その当時は下の名前で呼んでいましたが、
今はもう彼も32歳の立派な大人。さまざまな経緯を経て、現在は画家として活動しています。
Hさん、勝手に写真を使ってしまって、ごめんね。
でももう画家として世に出たあなただから、許してくれると信じています。

小学校の「特殊学級」で仕事をする前に、私は「普通学級」に在籍している子どもを担当します。
彼は身体的なハンディを持っており、学校生活で生じるさまざまなバリアをひとつずつ解決するために
私は介助員として二年間仕事をさせてもらうことができました。
歩けない彼を遠足に連れていく意味があるのか?という問いかけに、
食ってかかった職員会議は良い思い出です。
食い下がって参加した遠足は、彼の介助をしたい!という子どもたちで大騒ぎになりました。

大学を卒業し、教員の免許を取ってからあと務めさせてもらったのは
「普通学級」における身体敵障害のある児童の介助、小学校の「特殊学級」の担任、
中学校の「特殊学級」での担任、「養護学校」小学校低学年の担任。
そして私は先生と呼ばれる仕事を辞めることになります。
その理由は、教師という仕事が、ハンディのある子どもを含めた子どもたちの、
管理者にならざるを得ない職業であるということ。これはハンディのある子どもの命を、
最低限守る必要があるという特殊な職場であったことに関係しているわけですが、
それ以外にも理由はありました。

それは「評価」。
先生である以上、評価という仕事をしなければならないということを身にしみて感じ、
それが、子どもや保護者に、訓練や努力という名前の圧力をかける結果になる現実。
ひととして、わたしが子どもたちを評価する、簡単に言えば成績をつける、
できること、できないことを文字や数字にして形に残し、その子の進路や人生を左右する。
成績付けは、私にとって自己矛盾以外の何者でもありませんでした。
今ならば、適当に折り合いをつけてしまうこともできたのでしょうが、
若かった私は、いつも徹夜で成績表をでっちあげて終業式を迎え、
結局のところ子どもへの罪悪感と自分への嫌悪感で打ちのめされる、
その繰り返しだったように思います。

その後、福祉作業所のヘルパーや障害者団体の専従などを経て、子育て。
そして昨年また学校の仕事に復帰したのは、子どものために出来ることよりも、
その子どもと生きている親御さんを支えるもうひとつの手になれたら、という思いからでした。
ハンディは子どもが背負っているのではなく、親御さんが背負っている、
バリアが社会から無くなれば、偏見が社会から無くなれば、彼らは生きやすくなるはず、
そのことは、大学時代に学び、感じたこととまったく変わっていませんでした。
変わったのは年齢を重ねたことによる福祉労働への関わり方についての意識の広がり。

教育とはなんだろう、とずっと考え続けてきました。
教育に何ができるのだろうかと考えてきました。
ひとりとして同じ存在がない人間を相手に、教育というものをどう捉えるのか。
私自身が自由の森に関わるのは、その疑問を解くカギがありそうな気がするからかもしれません。
娘が入学して一年半、息子が編入して半年、子どもの変化をまざまざと見せられ、
私は親としてではなく、教育を考えるものとしての意識からも自由の森を見ています。
教員の方々とふれあうたびに、さまざまな思いを抱き、考える機会をもらっています。
学校とは、教育とはなんなのでしょうか。
明日の公開研究会を前に、少し個人的なことを書いてしまいました。



中学英語で京大入試問題が解ける???

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市民講座に行ってきました。
市民講座は、自由の森の教員の方々が、休日返上でやってくださってる講座です。
自由の森を知りたいひとが、在校生も受験生も保護者も卒業保護者も、
とにかくいろんなひとが来て、もう座れないくらいのひとが来て、
すごかったです。

この日のテーマは、数学科の教員のKさんの授業『中学英語で京大入試を解こう』だったか?
とにかく、このタイトルに眼が点になり、夏の『学びの森』で見つけ、
今回やっと授業を受けられることになってうれしーと飛んでいきました。

でもほんと?
中学英語で?
うそ。。
うそつき。。
いや、行ってみないとわからん。
という感じがちょこっとあったけど。
でも楽しみ~という気持ちのほうが圧倒的に強かった。
で、行ってみてほんと楽しかった。
次の授業はいつ?
これはまたの機会に、って、Kさん、いついついつ!
わたしは行きますよ~。
かぶりつきで。

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Kさんの授業はほんとうに優しくて。
優しくて易しくて。
京大入試という鉄筋コンクリートの壁が、ぽろっ、ぽろぽろぽろっと砕けていくんです。
ほー。。それでいいのかー。
わー、そんなんでいいのかー。
へー、いけるいけるぅ。
大人も子どももみんなでひとつの英作文の問題にチャレンジして。

Kさんは、朝の予定をこなし、夜の予定もありながら、全力投球で授業してくれました。
Kさん、ありがとうございました。
英語っていうと、中学からもう10年間もやってきたのに…というコンプレックスを
見事に打ち破ってくださって、なんか、英語がEnglish ということばになったかんじ。
職場にいる、外国籍のお友達とも、力を抜いて話せそうだーと希望が持てました。

英語には、最後が「 i 」のことばはないんですよ。

SKIは?

あれはノルウェーのことば。英語でいうと外来語です。
SUSHIも外来語ですよね。だからアリ!

TAXIがあるじゃん。

あれはねえ、Taxi meter cab ということばの省略形。
どこの国でも、ことばを省略するのが好きなのはおんなじなんですねー。

と、会場にいる参加者とホワイトボードの前にこっちを向いて立ってるKさんとの間で
気持ちの良いバレーボールみたいに、ぽんぽんぽ~んと行ったり来たりすることば。

いいなあ、こんな授業受けたかったなあ、と大人のひとたちは言ってました。
これなら、英語、嫌いにならなかったなあって。

で、一番こころに残ったのが、Kさんのことば。

失敗はあなたの人生の宝物。
間違いを恐れてはいけない、とくに子どもはじゃんじゃんまちがっていい。
それが子どもの特権だって。

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ああ、優しいなあ。
優しいと、いろいろ知りたくなってくるんですね。
だって、わからないこと、わからないって言えるから。
それを叱られたりしないし、前に教えただろ!なんて絶対言わないし。
そんなこともわからないの?なんてきっとKさんの辞書には無いんでしょうね。
もう、ずーっと授業受けてたかったです。
英語やり直したい大人族のわたしとしては。
Kさん、ほんとにありがとうございました。
こんど、高校の授業に出ていいですか?
なんて、出ません、出ません、あくまで独り言です、ヒトリゴト!
でも楽しかったなあ。。
潜入しちゃおうかなあ。。
いいなあ(しつこい)。。


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